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今年は人生最悪レベルでひどい年だった。まず嫁と別れた後、身内の死が5人(犬含む)立て続いた。したがって来年の新年の挨拶はありません。とりあえず今年を振り返ってみよう。

1. ソロ活動について
2. 韮について
3. ミュージックオブザイヤー かずお爆弾賞
4. その他
5. 終わりに

1. ソロ活動について
バンドが復旧に連れてこちらは下火にしていった。とりあえずバンドのほうがやりたいとまだ一応は思っていたので、そちらでうだつが上がらない以上こちらは休止にした。とはいえ、一応たまに何かは浮かぶのでいくつか作曲した。


「昼下りの空」
草案は昨年末(つまり丁度一年前)にあったのだが、それを具現化させた。歩いてるときにふと閃いたメロディである。実はこの曲には本来大サビがあって、高速なメタルサウンドで Xの「紅」的な展開の曲だったのだが、あれもこれもイラネーーってなって最終的にこういった質素な曲になった。その決断は正しかったと思う。


「南鳥島を返せ」
元々韮で提供しようとしていた曲だったが、歌メロ主体の曲になってしまい、後述の理由で韮でやれそうにはなかった。ので自分で歌うことにした。
題名の着想はいつだったか忘れたが、、、南鳥島は東京都よりも千葉県のほうが近い。にも拘わらず東京の領土ということになっている。という疑問を持ったのは4年ほど前だった気がする。そして丁度小池劇場の失速がメディアによって伝えられている時期だった。就任当初は写真集まで発売され、都民ファーストであれだけ躍進していたのに、掌を返す都民とメディアに夥しい不信感があったのでソイツで肉付けさせてもらった。原発も米軍基地も東京のど真ん中に作るなら賛成という立ち位置も僭越ながら示唆させていただいた。

さて、話が飛ぶようだが、車を購入した(後述)。それがきっかけで実家で永年眠っていた LINE6 の 30W アンプを自宅レコーディング機材に導入。そいつが AIF との相性も素晴らしく、かなり良い音を出すので劇的に宅録が捗るようになった。俄然やる気も出てきた。そんなとき作ったのがこの「南鳥島」である。


「人文科学とその統計」
不気味な夢を見た。私は田口ランディ氏の本が好きなのだが、同氏の著作で広辞苑のように分厚い本があった。医学書のような?専門用語や写真が並んでおり、びっしりと意味のわからない研究論文のような文章が敷きつけられている本だった。中には同時多発テロ事件に関する言及、写真などもあった。それを見ているうちにいつの間にか自分の身の回りで現実に起こり始める・・・・というかなり不気味な夢だった。その本のタイトルが「人文科学とその統計」だったのだ。
もちろんそんな本はこの世に実在しないし、読んだ覚えもない。とにかくそういった説明のつかない悪夢のような不気味さというのは奇妙な引力がある。そう考えると・・・その本の著者が田口ランディ氏だったのは何となく理解ができる。そういうのが体現したくなったのである。というかなんっつーか、周期的にミュージックコンクレートみたいなのがやりたくなるんだよな。単純に

あとはなんかその、、アンプを導入したからということで過去の曲をリバイバルしまくった。形に残せなかった曲などもどんどん復刻させた。
数えてみたらそういうのが7曲くらいあった。月一以上で作っていたようだ。







2. 韮について
悪い意味で波乱の連続だった。まずベーシストサトーハラが脱退。彼が脱退することは前年から決まっていたことだが、まさかその脱退ライブの2日前にドラムのちゃんななが辞めると言い出すとは思わなかった。まあハッキリ言えば正真正銘バックレである。それで結局彼女とは今年は一度も会わなかったし、今後も会うことはないと思う。

その後、むう大陸とキン太が加入してくれた。だが二人には申し訳ないが、先日書いたように俺はバンドに対して正直言ってすっかり冷めてしまっていた。韮に合わせた曲が作れない、というかもう作りたくなくなっていた。もじ氏のヴォーカルはしばしば音程ズレが気になった。まあ多少はこれは俺も他人の事言えないんだが、氏は自覚症状が全くなかったのでメロディを作曲して提供する気になれなかった。
当然こういった技術面に対する不満は一年以上前から指摘していたが、それ故に関係が悪化した時期も過去に何度かあった。楽しくなくなっちまったらおしまいだなと思って今年は極力指摘を我慢していた。彼は五線紙もドレミもコードも理解していなかったので説明のしようがなく、伝えようがないことがもどかしく地団駄を踏んだ。仕方がないから DTM を夜な夜な打って渡した。残業後に深夜3時まで作業していたこともある。それでも焼け石に水だった。やっぱり音感がないなら座学で勉強してもらうしかないのだ、と確信した。
ならば一層のことメロディがない曲だけ作るしかないだろう、となる。俺は何をやってるんだろうか?いつの間にか俺の方が楽しくなくなり疲弊消耗していった。
ところが、一年以上待っても努力の形跡が見られなかった。「かずおが気にしすぎなだけだと思ってた」と言われたとき、初めて脱退の二文字が脳裏を過った。責任転嫁めいていて言及は避けていたが、事実なので堂々と書かせて頂こう。多分俺がヴォーカルを他人に任せることは二度とないだろう

3. ミュージックオブザイヤー かずお爆弾賞
車を購入したきっかけで再びにラジオを頻繁に聴くようになった。そこで偶然聴いた長渕剛の「素顔」という曲を是非選びたい。元々長渕剛の曲実はあまり好きではなかった。なんというかキャラを作っているようなわざとらしさを感じてしまい、JAPAN 一枚くらい聴いてあとは敬遠していた。世間が何故氏を神格化するのはわからなかった。本も読んだことがあったが押しつけがましさを感じるばかりだった。村田英雄のほうがよほど男らしいじゃないか!などと心の中で思っていたのである。
ところが AM ラジオでこの「素顔」を聴いて以来、急激に評価を転換させるようになる。

「時の手のひらの中でお前に示した精一杯の愛だったんだ」
この一節にはプロレタリア俳句のような強烈さを感じた。試に何枚かCDを購入したが、ファーストアルバムとか買った日から一週間くらい一日十回くらい通して聴いていたと思う。「いつもの寄り道戻り道」とか何度聴いても泣ける。こんなに美しい曲を作る人だったのか。でも本人はきっとこれがコンプレックスだったのだろうな。。。今まですいませんでした。

他にも受賞候補だったのはグリムスパンキーの「美しい棘」、あいみょんの「愛を伝えたいだとか」、沢田研二の「危険なふたり」(今更!)等

4. その他
車を購入した。これは私の人生において非常に大きな意味を持つ。幼稚園時代から死にたいほどに憧れたソアラZ20 をついに手に入れたのである。欲しかった家具や先述のアンプも運んだりして音楽活動にも役立っている。一方でバイク熱の衰退も当初は懸念されたが、全くそんなことはなかった。気分と用途、気候によって両立している。俺はやはり両方好きなようだ。RPG で段々便利な乗り物を手に入れて世界中行けるようになるが、まさにその満足感が現実のものとなっている。もう恐れるものなど何もない!

5. 終わりに
今年は過去との訣別、清算の年だったと思う。非常に心忙しく大変な一年だったが、お陰で来年へのやる気が大いに漲っている。終わったものは終わった。何の未練もないし振り返るつもりもない。明日からただ前進あるのみだ。

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プロフィール
HN:
かずお爆弾
性別:
男性
自己紹介:
千葉が好きな普通じゃない日本人。最近ピアニストに転身した元ギタリスト。単車キチガイ系シンガーソングライダー。ニトロ爆弾/BOOViES/韮。大型二輪:DSC1100 四輪:ソアラZ20。県立千葉高校 → 千葉大学工学部機械科、ジークンドー卒。ライブのお誘いお待ちしてます。民主主義反対!
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